ドクターショッピングのはじまり

受傷から1カ月半。私の首は、よくなるどころかますますひどくなっていた。

一時期の首がコンクリートでできているような固さがとれてくると、今度はがくがくしてなかなか首が座らないような感じなった。いつも首の筋肉が緊張して、過剰な負担が掛かっているので頭が重く、上半身が常にだるい。どういうわけかずっと微熱が下がらず、風邪でもないのに空咳がとまらない。
朝起きて、ベッドで横になっている状態から、起き上がって縦になり、肩と首の上に頭を載せるか、と思うと一日の始まりにいつも何とも言えない恐怖感に襲われた。
fiore

体全体がだるくて、最低限の家事以外は何もできない毎日が続いた。これを何とかしなければ、と整形外科に通い詰める。けれども、電気をかけたり、レーザーを当てたり、痛み止めを飲んだり筋弛緩剤を飲んだりするほかは、これといって目覚ましい治療は何も受けられなかった。

お医者さんの話によると、3カ月以上たっても症状がとらないむちうちは全体の5%ほどしかないのだという。しかし、統計では3カ月たっても症状が取れないと、ほとんどのケースで1年後も症状はとれていない。後遺症の残るようなむちうちは、むちうち全体のわずかなケースに過ぎないのだが、いったん不定愁訴がとれないとなると、何年も何年も苦しむという。しかも、確固たる治療法もわかっていないし、そもそもむち打ちとはなにか、という病のメカニズムもあまりわかっていない。心因性のもの、という説も根強くある。 整形外科で手厚い治療ができない理由は、この怪我のこんな漠然としたところにもあるのだろう。
2カ月ほどたってまだ背中が痛いというと、ドクターは牽引を始めるように指示した。

あごの下にバンドのようなものをかけて、間隔をあけて機械で引っ張る。
これで痛みがとれますよ。と保証してもらったのだが、引っ張っている最中は頭の重みが緩和されるので一瞬気持ちよくなっても辞めると元通り。特に効く気もしなかったがほかに取り立てて治療の方法もないので毎日通った。が、2カ月続けても全く効果はなかった。日に日に体力が衰え具合いが悪くなって、どうしたらいいかわからない日々が続いた。
整形外科の何の進歩もない3分治療に見切りをつけて、私は接骨院に行き始めた。
接骨院では、整形外科とほとんど同じリハビリ設備があって、先生がつききりで治療してくれる。牽引に、低周波、ハリ、マッサージ。整形よりずっと手厚い治療なので、一人不安の中で放置されたような焦りの気分はずいぶん緩和されたが、今ひとつ効果がなく全然治らないのは同じだった。

そんなある日、朝起きると左半身がびりびりとしびれて首に激痛が走っていた。ヘルニアかもしれないのでMRI(リンク先は楽々のヘルニア&ウォーキングdeウォッチングです。)をとってもらおうと、接骨院から紹介状を書いてもらって、今度は総合病院の整形外科を受診した。

接骨院からの紹介状を見せてMRIを撮ってほしい、という私に、総合病院のドクターは不愉快そうに、
「MRIをとる必要があるかどうかはオレが決めるんだよ。」
「でも、ついこの間レントゲンは撮ったばかりなんです。もう何枚もとっているので、これ以上被爆したくないんです。」
「オレはそのレントゲンみてないんだよ。医者がレントゲンだといったらレントゲンなんだよ!!」
無理やり撮らされたレントゲンを見たドクターは、こんなのはヘルニアではない、という。
「捻挫なんてね、本来2週間で治るんだよ。むち打ちの患者は不定愁訴が多くて疲れるんだよな。被害者意識があるから余計治らないんだ。こんなの運動してりゃなおるよ。」
と、異常な痛みなんです、どうかMRIを撮ってください、と食い下がる私は、思い切り邪険に帰されてしまった。

MRIは撮ってもらえなかったんですけど、と紹介状を書いてもらった接骨院に戻ると、困り果てた接骨医の先生は、今度はなんと精神病院に紹介状を書いてくれた。
「ここはMRIを導入したばかりの病院でね、本来なら接骨院から直接MRIなんかとってもらえないんだけど、今患者さんを募集しているから、電話すると車のお迎えつきで来てくれるんだよ。高額機器だから、赤字の病院はできるだけ使いたいんだな。」
 
結局人里はなれた精神病院に、病院のお迎えつきでMRIを撮りにいった。ただでさえ日々襲ってくる新しい痛みや痺れ、眩暈、吐き気などの不快な症状に不安でいっぱいだった私は、MRIの狭い洞窟のような機械の中で不覚にもぽろぽろと涙をこぼしていた。
結果は、果たして頚椎5、6番間のご立派なヘルニアだった。
だからヘルニアだといったのに。またもや、今度はもっと大きな総合病院の整形外科に回された私は、そこでもドクターに、
「オペの対象になるほど大きくないんでね。うちでできることは牽引ぐらいしかないよ。おさまるまで家で寝ていなよ。」と、ここでもまた、なにひとつ対策がないままあっさりと自宅に帰されてしまった。

今から思うと、このころに整形外科に見切りをつけて、まっすぐペインクリニックに行けばよかったのだと思う。あるいは、神経科を訪れていれば、何か気が楽になるような優しいケアが受けられたかもしれない。横柄な人が多いお医者さんの中でも、のこぎりだのペンチだのを使って手術する整形外科は男社会でとりわけガサツな人が多い、とあとから聞いたから、そのせいもあったかもしれないが、あっちの整形、こっちの整形と病院を転々と渡り歩いても、ほとんど相手にされず、そのくせ眩暈、しびれ、頭痛、肩や首や背中の痛みと症状だけはどんどんひどくなる毎日に、私はすっかり精神状態をおかしくしてしまった。
痛みは日に日にひどくなるまま、気がつくと受傷から1年以上が経っていた。

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