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パキシルを飲み始める
サンドラからもらったパキシルは20ミリから飲み始めた。
初日、朝はじめて飲んでからなんとか歩いて近所のスーパーまで買い物に行く。
野菜売り場でのろのろと歩き回ってしばらくししたら、なんともいえない不思議な感覚に襲われた。
痛みも、痺れも、気分の悪さもやる気のなさも相変わらずで治ってはいないのだが、少し昨日までとは自分の意識がなぜか自分から遠いところにあった。
説明が難しいのだが、一言で言えばぼうっとしている感じというか・・・。
痛む体からちょっと離れたところに自分の意識があって、痛みから少し距離を置いている。なんだか、ガラス越しに現実をみているような、不思議な感覚だ。
痛みが治ったわけではないのだが、いたい、いたい、いたい、という切迫した気持ちが薄らいでいるので、昨日までよりほんの少し楽に過ごせる。
今まで、どんな痛み止めも、筋弛緩剤もまったく効かなかったので、パキシルにも実は何の期待もせずに飲み始めたのだが、この独特は感覚が初めてだったので、もしかしたら、効くかも・・・。と淡い期待を抱くことができた。
ぼうっとした眠気もあるので、抗不安薬を突然切ってしまった禁断症状もあまり感じずに済んだ。
その晩、サンドラに電話をかけてこの感覚について説明すると、
それはdepersonalize(離人症)よ、よくあることだから。と教えてくれた。
自分の意識が体から離れたような錯覚に襲われる、この薬の副作用のひとつなのだそうだ。
何でもいい。この痛みの日々から少しでも解放してくれれば。
今よりほんの少しでも痛くない一瞬一瞬が過ごせれば、と祈るような気持ちだった。
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はじめの2週間 副作用との戦い
飲み始めてから3日目くらいから、かなりつらい副作用になやまされた。ドライマウス、ドライアイ、便秘、腹部膨満感。特に口の中の不快感はかなり強烈で、自分で自分の口臭にうんざりしてしまった。
SSRI特有の副作用に良く上げられるものだが、胃腸の不快感も相当なものだった。
ガラス越しに日常をみているような現実離れした感覚も相変わらずで、買い物などで外に出なくてはならないときはとても危なかった。落ち込みも抑うつ症状も、やる気のなさも何もかも変わらなかったが、唯一、痛みだけにはなぜか即効性があった。
もう何年も長い間悩まされていた、鎖骨のしたの首を絞められるような鈍い痛みがふっと消えたのだ。
飲み始めて4日目ほどのことだった。
体中にある様々な痛みのうちでも、それはとてもつらい痛みだったので、それだけでもずいぶん日常生活が楽になって、私は初めて効果のある薬に出会ったことでとても満足だった。
もしかしたら、この治療で本当に治るのかもしれない。
一筋の希望が見えてきたような気がした。
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治り始めた!!
パキシル20ミリを飲み始めて2週間。
Drサンドラのところに検診に行く。
副作用がつらいこと、まだ体調は相変わらずなこと、けれども痛みがひとつだけ取れて楽になったことを話す。
サンドラは満面の笑顔で、
「良かったわ。抗うつ薬というのは飲んでから効果が出るまで2週間から1月くらいかかるのが普通なの。
でも、痛みには割りと早く効くのよ。私の経験からいうと・・・。
それじゃ、今週から30ミリに増やしてみましょう。
副作用は心配しなくていいわ。いずれ慣れてくるから。
痛みがひどくなったり、何か心配なことがあったらいつでも電話していいから。」といわれ、
処方箋を渡された。相変わらず、優しく、フレンドリーな態度にとても気持ちが癒される。
サンドラと話すたびに、心の傷が治っていくようで、クリニックに通うのは親友に会いに行くような気持ちだった。
30ミリに増量して3週間その量でステイする。
まだ痛みは治らないが、気持ちは少しずつ明るくなり、だんだん副作用のほうは体が慣れてきた。
それまで、自分が悪いから、誰でも耐えられる痛みに大騒ぎしてしまうんだ、といつも自分を責める毎日だったのが、とにかく原因のある病気で、治療の方法がある、と聞いただけで、気持ちのほうはとても癒された。その落ち着きが、体のほうにもいい影響を与えていたのだと思う。
頚椎をいためて以来、手放せなかった睡眠薬がだんだんと減量できるようになってきた。
ある日、ふと気がつくと飲み忘れたまま寝てしまっていて、その日から少しずつ薬の量を減らすことができた。
久しぶりに、本当に久しぶりに自分の自然な欲求で摂れた眠りはとても心地よかった。
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パキシルを40ミリに増量
SSRIを飲み始めて1ヵ月半。検診の結果、パキシルは40ミリに増やすことになった。
パキシルは日本での最大処方量が40ミリになっている。白人は体が大きいので、こちらでは70ミリまで飲んでいいことになっている。この量で効いてくれればいい、と祈るような気持ち。
増量して4日目。
はっと気がつくと、わき腹と肋骨の痛みが消えている。首の重みや、腕の重みもずいぶん楽になって、足を引きずるように歩いていたなんともいえないだるさから解放されていることに気がついた。
薄紙をはがすように、少しずつ、少しずつ、けれど確実に、私は痛みから解放されていた。
この薬は、本当に効いている。
ドクターの言うとおり、私はうつ病だったんだ。
あの異常な痛みは、うつ病を発症していたからだったんだ。
うつ病、という響きはあまり気持ちの良いものではなくて、過去の私なら少し偏見があったと思うのだけれど、そのときはひたすら、病気と治療法がはっきり見つかったのがうれしかった。
その夜、私は、何年ぶりかでつめに丁寧にマニュキュアをぬった。
気持ちが晴れ晴れと輝いていた。
ただただ痛みと戦うのみで、口紅を塗ることさえ億劫だった毎日を思うと、もう一度そんな心の余裕をもてたことがしみじみとうれしかった。
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